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お出かけ

民話:毎晩飴屋を訪れる産女(うぐめ)の幽霊(飴屋の幽霊)の開帳 in 光源寺

長崎市の光源寺では、年に1回「産女の幽霊」の像や掛け軸を拝観する事ができます。
長崎に住んでいても、なかなか機会がなくて、いつもニュースで見るだけだった「産女の幽霊」の像。
今年、初めて行って来ることができたので、紹介します。

産女の幽霊(飴屋の幽霊)のお話

産女の幽霊の像や掛け軸を拝観した後に、飴と一緒に光源寺さんのお話の書かれた紙を頂きましたので、引用します。

昔、長崎の麹屋(こうじや)町に一軒の飴屋さんがありました。

ある晩、飴屋の主人が戸締りをしてようとしていると、トントン…と表の戸をたたく音がします。

「ごめんやす、飴を一文ほど売ってくれはりますか」
戸を開けると、そこには真っ青な顔の女の人が立っていました。
飴屋の主人は、「こんなに遅くにどこの誰やろうか。気味の悪かね…」と思いながら飴を1つ売りました。
所が、次の夜もその次の夜も女の人は飴を買いに来たのです。それから、7日目の夜の事です。

「すんまへん。今夜はお金がなくなってしもうたさかい、飴を1つめぐんでくれはりませんか」
不思議に思った飴屋の主人は飴をめぐんで、女の人の後をそっとつけてゆきました。

すると、女の人は光源寺本堂裏のお墓の前でふっと消えたのです。

「うわっ、ここは、墓じゃなかね!」飴屋の主人はあわてて逃げ帰りました。
翌朝、光源寺の住職さんに立ち会ってもらい、お墓を掘り返してみると、あの女の人が生まれて間もない元気そうな赤ちゃんを抱いているではありませんか。

女の人は、お墓に入れてもらった6文銭を1文ずつ使い、赤ん坊に飴を買って食べさせていたのです。
住職さんが不思議に思い調べてみると、藤原(ふじわら)清永(せいえい)という若い宮大工が父親である事がわかりました。

清永は京都で修業中に女の人と恋仲になったのですが、長崎に戻ると親の決めた別の女の人と結婚したのです。
命がけで京都から長崎までやって来た女の人は、行くあてもなく、悲しみのあまりに死んでしまったのでした。
清永は悪い事をしてしまったと嘆き、赤ん坊を引き取って育てる事にしました。
数日後、飴屋にまたあの女の人がやってきました。

「お蔭さんで、わが子を助けてもらえたさかい、何ぞお礼をさしてもらえへんやろうか」と言います。
飴屋の主人が、「この辺りは水がなかけん困っとります」と言うと、女の人は、「明日の朝、この櫛が落ちている所を掘っておくれやす」そう言い姿を消しました。

翌朝、近くに女の人の櫛が落ちており、早速掘ってみると、冷たい水がこんこんと湧き出してきました。

町内の人々はここに井戸を作り、この井戸は、枯れることなく人々の喉を潤し続けたということです。

注:飴を買うために使った6文銭は、死後の世界と現世の境にある三途の川と関連しています。三途の川を無事に渡る事ができるよう、棺桶の中に6文銭を入れる風習があったとされています。

産女の幽霊(飴屋の幽霊)のご開帳

光源寺では、年に1回、8月16日に像と掛け軸を外気に触れさせる為、開帳します。

ご開帳の日時:8月16日10時~16時

本堂で、「産女の幽霊」の紙芝居を見ます。


その後、奥の部屋に行き、像と掛け軸を拝観します。住職さんから「産女の幽霊像」について、説明があります。
拝観に来た人数によって紙芝居の始まりの時間には差があるようでしたが、15分~20分おきに紙芝居をしているようでした。

今年聞いた産女の幽霊像の説明

  • 約260年前に造られた像は、最初は今のような姿ではなく、手があった
  • 原爆の爆風で手がなくなってしまった
  • いつもは、箱の中に納まっている
  • 髪は長くて、人髪で出来ている
  • 目はギヤマンで出来ていて、ろうそくの火で、見る角度によって目が光って見える(今年は、出口近くから見た時に右目が光っていました)

住職さんは、毎年この像を見て、考えるそうです。

  • 長い髪;過去を引きずって生きていませんか?あぁじゃった、こうじゃった、と過去を引きずって生きていませんか?と問われているよう。
  • (今はないが一般的な幽霊の手首から手を下げているイメージ⇒その手を穴を掘るように動かして、ほしいほしいと思っているイメージ);あれもほしい、これも欲しいと思っていませんか?。もしもそのほしいものが手に入っても、もっと欲しい、もっと欲しいって言ってませんか?と、きりがない欲望の姿を戒めてくれているよう。
  • (足がない):人が何か言えば「そう?」ほかの人が何か言えば「そう?」とフラフラした生き方をしていませんか?と戒めてくれているよう。

と、1年に1回教えてくれているように感じているそうです。

死んでも子供を育てようと一生けん命だった母親の幽霊さん。普段忘れがちな親からの愛情を1年に1回感じて思い出させてもらう日だと話されていました。

拝観したあとは、子供を育てたと言い伝えられているお米でできた飴(ゆうれい飴)を頂くことができます。

この「ゆうれい飴」は、私の大好きな《あめがた》のようで、美味しかったです。

赤子塚

光源寺の裏には、産女の幽霊のお墓があった場所とされる場所に、「赤子塚」があります。
案内が出ていますので、すぐに分かると思います。

光源寺までの行き方

光源寺の住所;〒850-0802 長崎県長崎市伊良林1丁目4

市民会館を目指して来たら、中島川を蛍茶屋の方向へ向かいます。
光源寺の案内が出てきてから、Googleでもよく分からなかったので、案内致します。お寺が多い場所なので、違うお寺に行かないように注意してくださいね。

緩やかな坂道を登って行きます。

道なりに左に曲がりましょう。少し歩くと、右手に光源寺が見えてきます。

8月16日の当日は、境内に駐車する事ができないので、近くの駐車場に停めて徒歩で向かいましょう。

まとめ

ご開帳を見る事ができるのは、年に1回だけですが、子供を思う母親の愛は、いつの時代も変わりがないのかもしれませんね。

自分が親になって、拝観し、住職さんのお話を聞いて、感慨深いかったです。
お盆に、精霊流しを見た後は、こちらにも寄ってみませんか?

 

 

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